今日、古典の授業で
先生が今年のセンターについて
こう述べられていました。
「ふわぁ。今年は鷲田清一が来たね。
あの人は学校側としては非常に出題しやすいんだよ」
鷲田……何処かで聞いたことがある。
『あ!あの「身体はだれのものか?」という支離滅裂な散文を書いた
三文文士か!!』
テキストに載った彼の文を初めてみたとき、ビックリした。
一言で言えば言葉の受け売りが固く、難しい。
しかし、もちろん丁寧に解読、翻訳、
そして文の流れを把握しようとしましたよ。
ところがね、どう読んでも主題が明らかに提示されてないほか、
具体例もなく、どちらともとれるような表現を多様してる。
要するに、読みにくいし、一貫性がない。
また、読んだところでこの評論が放つメッセージの価値は低いのも大問題です。
読みにくい文はだれにでも書ける。
それをいかに容易く読める文にするかは読み手の実力じゃないかしら。
家庭教師の先生も言ってた。
もちろん、文法や語彙はとても大切ですよ。
しかし、この国はもっと、それ以上に読みやすく、魅せる文が必要だと思います。
ここは自由世界(資本主義)ゆえに。
これは私の勘ですが、
鷲田はすこぶる大衆のウケが悪いように存じます。
それなのに
国立大学が率先してばか鷲田
(あ、言っちゃった(*´艸`))
なんかを起用してよいのでしょうか?
私は最近、教科書やテキストから気に入った表現を抜き出すのに躍起しています。
この表現力模倣もすべては
自身の表現力をつけるためです。
「猿ヶ島」「アンジェリーナ」「伊豆の踊り子」
やはり、教科書に載るに文には
堂々と的確で美しい表現がまるで鉱物のように
散りばめられており、非常に圧巻です。
見るだけじゃだめ。
書いて初めてリズムの良さにも気づく。
ある意味その文字たちは、文豪の脳細胞が花となり、蝶となり、
世に出回ったのではないかとおぼしきほどの完成度の高い表現力をほこります。
‘それは「科学」の勝利を証し立てている近代の神話なのである’
松浦寿輝先生「虚空への上昇」より
実はこの文、エッフェル塔の話なんですね。
そんな狭い話題でここまで書けるなんて、
その方の文才を感じます。
対して、自称哲学者(笑)の鷲田のおっさんはどうでしょう。
「ここで、重要なことは、複数の身体の共存や、交感の関係からその(交通)という契機をあらかじめ解除したうえで、各主体のそろぞれに各身体の排他的な所有権…」
ばか鷲田清一「身体はだれのものか?」より
なんと、ぐだぐだで無駄の多いことでしょう!
身体の所有権という広大なフィールドでこうも駄文が書けるなんて…。
驚嘆を禁じえません。
私は何の価値もない鷲田の文やそれを起用するセンターには
強い憤りを感じます。
だから(というか以前から)、
テキストにある写真━鷲田のおっさんのハゲ頭に
波平ヘアーを書いてやりました。
ぷぷぷ。
お似合いよ。そのゾウリムシみたいな髪の毛。
全国のセンターを受けた学徒たちよ、
わらぁのカタキはとったけぇの。
先生が今年のセンターについて
こう述べられていました。
「ふわぁ。今年は鷲田清一が来たね。
あの人は学校側としては非常に出題しやすいんだよ」
鷲田……何処かで聞いたことがある。
『あ!あの「身体はだれのものか?」という支離滅裂な散文を書いた
三文文士か!!』
テキストに載った彼の文を初めてみたとき、ビックリした。
一言で言えば言葉の受け売りが固く、難しい。
しかし、もちろん丁寧に解読、翻訳、
そして文の流れを把握しようとしましたよ。
ところがね、どう読んでも主題が明らかに提示されてないほか、
具体例もなく、どちらともとれるような表現を多様してる。
要するに、読みにくいし、一貫性がない。
また、読んだところでこの評論が放つメッセージの価値は低いのも大問題です。
読みにくい文はだれにでも書ける。
それをいかに容易く読める文にするかは読み手の実力じゃないかしら。
家庭教師の先生も言ってた。
もちろん、文法や語彙はとても大切ですよ。
しかし、この国はもっと、それ以上に読みやすく、魅せる文が必要だと思います。
ここは自由世界(資本主義)ゆえに。
これは私の勘ですが、
鷲田はすこぶる大衆のウケが悪いように存じます。
それなのに
国立大学が率先してばか鷲田
(あ、言っちゃった(*´艸`))
なんかを起用してよいのでしょうか?
私は最近、教科書やテキストから気に入った表現を抜き出すのに躍起しています。
この表現力模倣もすべては
自身の表現力をつけるためです。
「猿ヶ島」「アンジェリーナ」「伊豆の踊り子」
やはり、教科書に載るに文には
堂々と的確で美しい表現がまるで鉱物のように
散りばめられており、非常に圧巻です。
見るだけじゃだめ。
書いて初めてリズムの良さにも気づく。
ある意味その文字たちは、文豪の脳細胞が花となり、蝶となり、
世に出回ったのではないかとおぼしきほどの完成度の高い表現力をほこります。
‘それは「科学」の勝利を証し立てている近代の神話なのである’
松浦寿輝先生「虚空への上昇」より
実はこの文、エッフェル塔の話なんですね。
そんな狭い話題でここまで書けるなんて、
その方の文才を感じます。
対して、自称哲学者(笑)の鷲田のおっさんはどうでしょう。
「ここで、重要なことは、複数の身体の共存や、交感の関係からその(交通)という契機をあらかじめ解除したうえで、各主体のそろぞれに各身体の排他的な所有権…」
ばか鷲田清一「身体はだれのものか?」より
なんと、ぐだぐだで無駄の多いことでしょう!
身体の所有権という広大なフィールドでこうも駄文が書けるなんて…。
驚嘆を禁じえません。
私は何の価値もない鷲田の文やそれを起用するセンターには
強い憤りを感じます。
だから(というか以前から)、
テキストにある写真━鷲田のおっさんのハゲ頭に
波平ヘアーを書いてやりました。
ぷぷぷ。
お似合いよ。そのゾウリムシみたいな髪の毛。
全国のセンターを受けた学徒たちよ、
わらぁのカタキはとったけぇの。
PR
この記事にコメントする
- ABOUT
「面白画像」「生活の知恵」「役に立たないうんちく」
を20歳の女の子が書いてます。
- カテゴリー
- プロフィール
HN:
ともちー
性別:
非公開
- 私のブログ紹介
ともちーのツイッター
https://twitter.com/an15to15
「安斉トモ子のどたばた日記」
私の新しいブログです。
「15でオカマ オカマで女優」から一部記事を持ってます。
おもに日記を書くつもりです。
*
「ともちーの思うこと」
(ココのことです)
私の新しいブログです。
「15でオカマ オカマで女優」から一部記事を持ってます。
おもに雑学や評論を書くつもりです。
*
「15でオカマ オカマで女優」
私の旧・ブログです。
15歳~20歳のころにやっていた、日記と評論を兼ねてたブログです。
「安斉トモ子のどたばた日記」
私の新しいブログです。
「15でオカマ オカマで女優」から一部記事を持ってます。
おもに日記を書くつもりです。
*
「ともちーの思うこと」
(ココのことです)
私の新しいブログです。
「15でオカマ オカマで女優」から一部記事を持ってます。
おもに雑学や評論を書くつもりです。
*
「15でオカマ オカマで女優」
私の旧・ブログです。
15歳~20歳のころにやっていた、日記と評論を兼ねてたブログです。
- リンク
- ブログ内検索
- 最新コメント